コラム / ストーリー

    プロ登山家 竹内洋岳さんが、過酷な山々や新しいことに挑戦し続ける理由。そしてその挑戦を支えるもの、人、こと。【後編】

    ゲストライター
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    世界でも30数人ほどしか達成していない偉業、8000m峰14座の登頂に成功した国内唯一のプロ登山家である竹内洋岳さん。標高にして富士山の2倍以上、酸素も通常の3分の1程度しかないという、生物が常時生存できる限界を大きく超えた過酷な環境である8000m峰。それでも、山の魅力に魅せられ、何度も挑戦を続けてきた竹内さんを駆り立てるその原動力とは、一体何なのだろうか。

    偉業を達成するまでの軌跡や山登りに対する思い。さらには、過酷な山へ挑戦し続けたことで生まれた新たな挑戦と、数々の挑戦を支えているものへのこだわりなど、14座登頂達成10年記念となる2022年、竹内さんご本人に様々な角度から話をうかがった。

    【前編】はこちら

     

    登るための能力を拡張する道具と、
    生きていくために体を守る道具を組み合わせる

    竹内さんが登山をする際には、様々な道具を使います。ではそれらの道具に対しては、どんなこだわりやエピソードがあるのでしょうか。

    「私が山登りを好きな理由のひとつとして、『道具をいっぱい使うこと』があります。例えばそれは趣味の釣りにおいても同じで、何も付いていない延べ竿に餌だけで釣る釣りではなくて、リールが付いていてルアーで釣るほうがいい。つまり、道具を駆使して何かをやるという行為自体がとても好きなんです。だから、とにかく道具をいっぱい持ち込んで、ヘルメットを被って行うアルパインクライミングが好きなんです」

    竹内さんが愛用するMizo(ミゾ−)の「彗星 ※アックスタイプ」と「流星 ※ハンマータイプ」。長年丁寧に使い込まれ、竹内さんと数々の登山を共にしてきたという。

    GORE-TEXのハットは「未使用のものもたくさんあるくらい、いいものがあれば集めてしまうんです(笑)」というほどのお気に入り。また、竹内さんが開発にもたずさわった漆塗りのカップや、GORE-TEXロゴの焼き印入りの木の箸は、山でも愛用しているとのこと。

    「道具というのは、まさに人の英知だと思うんです。古代人においても、石器だとか土器だとか、道具には工夫があって、そうやって道具を使うことで人間は発展してきました。私にとっては登山の世界でも『いかに道具を駆使できるか』ということを凄く重要としていて、特にヒマラヤというのは道具をいっぱい使わなければならない。それがまた面白いところでもあります。そういう意味で、アックスやクランポン(アイゼン)というのは、自分の手足の性能を“拡張する”ための道具なんですね。合わせて、厳しい環境から“身を守る”ためのウェアも不可欠です。複数のアイテムや素材を組み合わせることで、単体では発揮できない大きな性能を引き出すことができる。ヒマラヤという過酷な環境下では、道具やウェアを駆使していくことで、人間がその環境を克服することができ、生き延びていくことができるんです」

    岩場やアイスフォールなど、危険な場所で登山を行う竹内さんにとっての「生き延びるための道具」として、実際に愛用しているGORE-TEXファブリクスを使ったウェアについても話をうかがった。

    「GORE-TEXのウェアを初めて買ったのは高校1年生の時。それまでは雨具を着ているのに、中は汗でビショビショになっていましたから、初めて山で着たときは感動しましたね。GORE-TEXは防水透湿素材ですが、ヒマラヤ登山中では雨に降られることはほとんどないので、私たちは防水よりも透湿性能をすごく重視します。透湿機能の高いGORE-TEXウェアを着ることによって、脱いだり着たりする回数も時間も圧倒的に減らすことができる。つまりは、目的地までのスピードを上げることができるんです。山の中での危険度を減らすには、そこにいる時間を減らすしかない。特にエベレストやアンナプルナのようなアイスフォールを突っ切って行く場合は、その中にいる時間を1分でも1秒でも減らすしか、安全を確保する方法がないんです。人間は代謝もしますし、登山中はかなり動きますから、服の中では体が熱発散します。そのときにちゃんと透湿してくれて、私たちのパフォーマンスを落とさないでくれる。それこそがGORE-TEX製品の最大の魅力だと思っています」

    そしてさらに、極限状態でのウェアとのエピソードも教えてくれた。

    「2007年に10座目となるガッシャブルム2峰(8035m)登頂中、7000m地点で大規模な雪崩に巻き込まれてしまい、重傷を負ってしまいました。事故の際に身に着けていたバッグなどはすべて吹き飛ばされてしまったんですが、着ていたウェアだけはなんとか残すことができて、いまでも大切に持っています。雪崩に巻き込まれたときも、こういうものを着ていたから低体温症にならなかったというのもあるし、急激に冷えることもなく体温も保たれていたのかなと思います。そう考えると、やっぱりウェアが身を守ってくれたんだと思います」

    竹内さん私物のGORE-TEXウェア。手前の黒いシェルが、雪崩に巻き込まれた際に着用していたもの。

    大きな事故を体験した竹内さんだが、そのときにもGORE-TEXウェアが身を守ってくれたそう。しかし、登山での驚異は雪崩などの事故だけではない。ヒマラヤでもっとも厳しいのは、通常の3分の1しかないという空気の薄さなのだという。

    「標高8000mというのはマイナス20〜30℃程度の気温なので、ヒマラヤの場合は気温の厳しさという意味ではそこまでではない。でも、空気が3分の1しかないんです。南極はマイナス50℃や60℃の中でペンギンが元気に生きていますが、ヒマラヤの8000mの山には生き物は一切いない。そこは、人類が徒歩で到達できるもっとも厳しい環境なんです。また、この低酸素というのは、普段の生活ではトレーニングができません。高所順応というのは、徐々に登ったり降りたりを繰り返しながらアクリマタイゼーション(順応)をして、体の潜在能力を引き出しながら行う必要がある。なので、普段はとにかく体を休めて、いい状態にコンディショニングしておき、怪我や病気といった弱点を山に持っていかないようにしないといけないんです。そういう標高の高い薄い空気の中で、人間がいかにして生き延びられるのかという私の挑戦は、もしかすると人間の進化の一端を、私が担っているのかもしれないですね。(笑)」

    そして、そういった命の危険がある登山を行うには、さらに必要なこともあるという。

    「登山を計画する上では、いかに想像力を働かせられるかも大切です。登山では過去の経験はまったく役に立ちません。ですから、経験とは同じものを積み重ねていくのではなく、広げていかなければ意味がない。広げていくことで、あらゆる危険を想像して、事前に防ぐことができるようになるのだと考えています。たくさん危険を想像することができれば、もしかすると、逆に喜びもたくさん想像することができるかもしれません。そういう想像力が、登山の準備になるんです」

     

    大きな挑戦をするためには、力を発揮できる環境に
    身を置くことができるかどうか

    竹内さんの挑戦の中で大切にしてきた人、こと、もの、についてうかがってきましたが、最後に、挑戦を続けていく上で欠かせない「考え方」についても聞いてみました。

    「挑戦に欠かせないのは好奇心であり、探究心であり、想像力で、それを発揮できる環境に身を置くことができるか。そこがもっとも重要だと思うんです。私の場合は登山ですが、山の中で危険を見抜くために想像力を発揮すること。それを街中でできるかというとそうではなくて、やっぱり山の中に立つことで、寒気がするような恐怖心だったり、その環境に立ち入ろうとする好奇心や探究心という感情が吹き出してくるんです。でも、こういった感情というのは、もともと私たちが持っているものなので、別に山だけに限らず、人によっては音楽かもしれないし、芸術かもしれないし、研究なのかもしれないし、すべての人に言えるんじゃないかと思います。まずは日々のコンフォートゾーンから一歩踏み出してみること。それが一番重要なんじゃないでしょうか」

    そんな竹内さんが今後さらに挑戦したいこととは?

    「挑戦したいことは沢山ありますが、山でいえば未踏峰登山。ネパールの未踏峰に4回チャレンジしているんですがまだ成功していないので、これはいずれ登ってみたいと思っています。また未踏峰の中でも、民族紛争や政治的な理由でなかなか登れない場所へ行き、そこで交渉をして登山許可を取るのも面白いだろうなと思います。『登山する間だけでも紛争をお休みしてくれないか』と。あとは、河口慧海やスヴェン・ヘディンといった私たちが尊敬する探検家たちの足跡を、現在の技術やテクノロジーを使って辿ってみるのも面白いと思います。彼らがラクダやカヌーを使って行った道のりを、ただ懐古主義的に再現するのではなくて、現代のやり方で辿ってみる。そこにはまた、違う挑戦があるんじゃないでしょうか」

    8000m峰14座登頂という偉業を達成した竹内さんだが、今後もいろいろなことに挑戦し続けていくとのこと。その姿には、これからも多くの人たちが注目していくはずだ。

     

    竹内洋岳(たけうち ひろたか)さん

    1971年、東京都生まれ。プロ登山家。株式会社ハニーコミュニケーション所属。立正大学客員教授。1995年にマカルー(8463m)登頂。1996には、エベレスト(8848m)とK2(8611m)の連続登頂に成功。その後も8000m峰に果敢に挑み続け、2012年に14座目となるダウラギリ(8167m)に登頂成功。世界で29人目にして日本人唯一の8000m峰全14座の登頂者となる。同年に第17回「植村直己冒険賞」を受賞したほか、2013年には『文部科学大臣顕彰、スポーツ功労者顕彰』、第15回「秩父宮記念山岳賞」を受賞。現在も登山家としての活動をはじめ、ネパールの農業支援や野外教育、野外イベント、書籍の執筆、メディア出演など、多方面で活躍している。

    ▼プロ登山家 竹内洋岳 公式サイト
    https://honeycom.co.jp/hirotaka-takeuchi/

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