雪国で育ち、雪を追い続けた原点
写真家・遠藤励さんの原風景は、長野・大町の雪に包まれた暮らしにあります。実家の裏山をスキー板で滑り降りることは、幼い頃からの日常でした。「小学生の頃はオリンピック選手を夢見ていた」と語るほどにスキーにのめり込み、『GORE‑TEX』のウェアを愛用する父親の背中を追いかけて雪山に繰り出していたそう。中学生の時にスノーボードと出合い、当時はまだ珍しかったフリースタイルスノーボードに心を奪われていきました。
「10代の頃は漠然と、大人になってもスノーボードに関わっていたいと思っていました。ただ突き詰めていくと、自分の得意分野は滑り手ではなく、撮り手の方だと気づいたんです」

当時、スノーボードを撮影する写真家は珍しく、遠藤さんは数少ない一人として活動をはじめます。次第に、被写体はスノーボードから雪そのものへ。そこには、雪とともに生きてきた遠藤さんだからこその気づきがありました。
「僕らの子どもの頃は、厳冬期に強い雨が降るなんてことはありませんでした。でも20年ほど前から、冬にも強い雨が降るようになった。地球が壊れるんじゃないか、大人になったら雪遊びができなくなるんじゃないか……。驚きと共に悲しくなったのをよく覚えています」
気候変動を肌で感じたことで「雪を生み出す環境そのものを守りたい」と考えるようになり、同時にそれが写真を撮る動機にもなっていったと言います。
かつてのイヌイットが使用した遮光メガネとジャコウ牛の角
自宅の道具部屋に所狭しと並ぶ、歴代のスノーボード。
氷河から氷山、そして北極へ
遠藤さんの興味は雪からいつしか氷河へと移っていきます。2014年頃からアイスランドの氷河を撮影しはじめ、さらに「氷山を見たい」という衝動に駆られました。
「氷河を撮っていた頃は地球のサイクルを感じていました。雨や雲、雪、まさに水の循環ですよね。でも北極の氷山を目にした時、これは宇宙のサイクルだなって。その氷山の姿から、これまで捉えていた地球の循環の、そのさらに外側を感じたんです。言葉にならない、スケールの大きさでした」
それは氷山の圧倒的なスケールに触れた瞬間でもあり、北極圏という場所がこれまで遠藤さんが足を踏み入れてきた場所とは違う、特殊な環境下であることを示唆していたのかもしれません。
©️TSUTOMU ENDO
イヌイットの集落で猟師一人当たりが飼う犬たちは20頭ほど。犬ぞりは1チーム16頭で組まれ、移動や狩猟に利用されている。
原始的な暮らしと資本主義の影
2018年の1カ月半のグリーンランド滞在を経て、遠藤さんは2019年に再訪します。目的は、イヌイットの猟師にとって最も貴重な北極の3大哺乳類、シロクマ・イッカク・セイウチの狩猟を撮影することでした。
「実は、グリーランドでは猟師はまだいるものの、自給自足に基づいた昔ながらの狩猟生活をしている家族は、もう10世帯もいません。僕が把握しているだけで、3、4家族ほどです」
時代とともに毛皮が売れなくなり、狩猟だけで生計を立てるのは厳しい。さらに集落の近代化によって、電気代やインフラの維持費もかかるため、現金収入が必要不可欠となっているのです。そうしたなか、遠藤さんは孤立した消滅集落に戻り、一人で暮らし始めた現地人のもとを訪ね、この地方で最も危険な海獣・セイウチ狩りに同行します。1頭1,000kgにもなるセイウチに対して、アザラシの体を丸々一頭分利用してつくった浮き輪と、大きな銛(もり)を使い、小さなボートで間合いをとりながら行います。滞在中に数頭のセイウチを狩り、解体から小分けにして保存するまでの一連の作業を手伝いました。
「もう必死でしたね(笑)。そこで気づいたのは、犬ぞりでしか行けないような僻地に行っても、資本の影響を感じるということ。 “どこまで行っても資本主義が追いかけてくる”そんな奇妙な感覚がありました」
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南国から持ち込まれたバナナの皮。氷の大地では土に還ることはない。
グリーンランドなどの北極圏では、近年流通の発達で加工品やバナナなどの果物、パッケージされたジュースやお酒が入ってくるようになりました。発酵文化がほとんどない地域ゆえ、アルコールへの耐性が低く、次第にアルコールバイオレンスや失業の増加といった問題が取り沙汰されるように。さらに、深刻になりつつあるのは、ゴミ問題です。永久凍土の地であるため、ゴミ処理のシステムがなく、分別されないゴミは埋め立てられることなく、犬の亡骸などと一緒に焼かれ、海に流されています。
「ゴミの山を見てある時気づいたんです。これらは経済活動が引き起こしたものであり、その需要を生んだ僕らの責任でもあると」
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気候変動と極地の民族
北極圏は環境問題や気候変動の「玄関口」だと言われます。地球全体の平均の約3倍の速さで温暖化が進み、海氷の減少や生態系の破壊、先住民の生活への影響が顕著に現れているのです。実際、遠藤さんが北極圏で見た気候変動は深刻なものでした。
「この15年間で海氷が張る時期は、1年で3カ月間も短くなったそうです。つまり犬ぞりを引けない期間が増え、狩猟生活が維持できなくなれば、彼らは輸入食品に頼るしかない。狩るのか、買うのか。彼らは気候変動によって、仕方なく選択を迫られています」
また、アザラシの革で作られる伝統的なブーツ「カミック」も、雪が湿り気を帯びると滑りやすくなり、機能しなくなってしまいます。
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伝統的なブーツ「カミック」と、シロクマの毛皮で作られたナノ(モンペ)。イヌイットにとって、北極動物の頂点にいるシロクマの肉を食べたり、毛皮を纏ったりすることは狩猟民としてのスピリットを強くすると言い伝えられている。
遠藤さんの次なる旅の目的先であるシベリアの大地でも、環境の変化によって、ある少数民族の日常生活が脅かされています。
「トナカイ遊牧民であるネネツはトナカイの肉や皮を利用し、そりで移動しながら暮らしています。トナカイが苔を食べ尽くさないように3~4日に1回テントを畳み、一定のペースで移動します。その距離は年間で1,600キロほどにもなるそうです。ところが、気候変動で厳冬期に雨が降り、苔が氷で覆われるとトナカイが餌を食べられなくなって餓死に追い込まれてしまいます。この十数年でそんなことが本当に起っているんです」
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ロシア北部、特にシベリアの北極圏に広がるツンドラ地帯に暮らす先住民族ネネツ。主にトナカイ遊牧を生業とし、厳しい北極圏の自然環境に適応した独自の文化や伝統を守っている。
極地で生きるための装備――『GORE‑TEX』の恩恵
極限の環境で活動する遠藤さんにとって、GORE‑TEX プロダクトは単なる装備以上の意味を持っています。
マイナス20~30度にも及ぶ極北の地やシベリアでの撮影では、装備の選択がときに命に直結します。現地のイヌイットやネネツは伝統的に動物の毛皮をまとい、極寒の中でも快適に動けるよう工夫していますが、外部から訪れる遠藤さんにとっては、彼らと同じような機能性を持つ装備は不可欠です。
GORE DRYLOFT®素材のヒマラヤンスーツと、南極大陸横断国際隊のメンバーが着用していたウェアをもとに作られたGORE-TEX プロダクトのアンタークティカ パーカ。ともに『THE NORTH FACE』


遠藤さんが重視するのは「透湿性」。極地の撮影は長時間に及び、また激しい運動量が求められます。汗をかいたまま放置すると、衣服の内側で水分が凍りつき、体温低下の危険が伴います。そのため、「濡れないこと」と同時に「蒸れないこと」、つまり汗を外に逃がしつつ防水・防風性を兼ね備えた装備が必須となるのです。
この両立を実現するのがGORE-TEX プロダクト。高い防水性・防風性に加え、優れた透湿性を持つため、汗冷えや凍傷のリスクを大幅に減らしてくれます。
「とにかく彼らは過酷な環境の中でも、1日中よく働くんですよ。現地の人が纏う毛皮の代用として、僕は『GORE‑TEX』のウェアを選んでいるんです」
遠藤さんの極北取材や民族の暮らしの記録活動は、GORE-TEX プロダクトテクノロジー搭載の高機能ウェアにも助けられながら成立しています。「命を守る道具」であり、極地のリアルな姿を伝えるための「創作活動の基盤」ともいえるかもしれません。
身近な自然を体感するスノーボードは活動の基盤。年間100日以上雪上に立つ生活を続けて30年。雪山に入る際のウェアは、3レイヤーの GORE‑TEX ファブリクスを採用したアントラックド・ジャケットとビブ。ともに『Patagonia』。
長野県大町市にある木崎湖の湖畔に佇む自宅兼アトリエの一室。
極北の風景に映し出される「現代の暮らし」
遠藤さんが極北の地で切り取ったのは、単なる自然や原始的な暮らしではありません。
「極地の民族の暮らしを追うことで、自分たちの社会や生活が鏡のように映し出される。資本主義の影響や気候変動、ゴミ問題――それらはすべて自分たちの暮らしと地続きなのだと実感しました」
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写真を通じて、遠藤さんは問いかけます。極北の地の変化は、現代人の暮らしと決して無関係ではない、と。雪や氷、そこで生きる人々の姿を見つめることは、自分自身の生き方を見つめ直すことに等しいといいます。
「いま極地に暮らす美しい人々の日常は失われつつあります。その事実に直面しながらも、僕は決して悲観的になっているわけではありません。撮影しながら、僕は彼らからポジティブなパワーをもらっている。今にも消えてしまいそうな彼らの営みが少しでも続いてほしい、そんなシンプルな思いで彼らにレンズを向けているんです」

遠藤励 / 写真家
1978年長野県大町市生まれ。幼少期から雪と親しみ、スノーボードカルチャーに魅了され、1997年よりスノーボーダーの撮影を開始。独学で写真を学び、1998年から専門誌を中心に作品を発表し続けている。2000年代以降は「snow meditation」「水の記憶」など雪や氷河をテーマにしたシリーズを展開。近年は北極圏やグリーンランド、シベリアの先住民族や自然環境の変化を記録するドキュメンタリーに注力し、現地の気候変動や文化の変遷を伝えている。2024年には日本写真協会新人賞および第7回笹本恒子写真賞を受賞。主な写真集に『inner focus』(小学館)、『MIAGGOORTOQ』などがある。
原稿:村松亮 写真:西 優紀美、遠藤励提供 編集:ユーフォリアファクトリー